老子 「道」の働き 2018年12月19日 老子 0 「道」は見てもみえないから 「色がない」と言おう。 聞いても聞こえないから 「音がない」と言おう。 探っても触れないから 「形がない」と言おう。 こうした感覚では突き詰められない もの、個別化できない一般性、 それが道である。 上下の区別や無限の広がり、 絶えることなく続くが それがなんであるか明瞭ではない。 「無」または「おぼろ」とでも言おう。 時を超えて万物を統括する。 道の法則性は古今一貫している。 働きの法則性を見極めることによって 根源としての「道」が見える。 創造力という言葉が沸いてきました。 人の心みたいですね。 形はないが、その人を形づくるうえで 貴いものです。 根底を間違えるとすべてにおいて 間違ってしまう。 よく言われるモノサシの重要性 なんでしょうかね。 言われていることの大きさと 考えなきゃいけないものの 細やかさ、レベル高い話です。 受け取り方で千差万別 奥深い話でした。 [0回]PR
老子 わが身を貴べ。 2018年12月18日 老子 0 人々は栄誉を得ては胸を騒がせ、 恥辱を得ては胸を騒がせる。 栄辱を人生の関心事と心得る事、 あたかも自分自身と取り違えている の観がある。 なぜか?栄誉を良しとし 恥辱を悪としている一面に とらわれているからである。 だからどちらであっても 心の休まる時がない。 関心事を持つのも自身が 存在するからである。 自身あっての栄辱なのだから 自身を貴ぶのが本筋ではないか? 自身を貴んでこそ周りもみえる ということでしょうか。 その通りでしょうね。 ごく当たり前のことですが 出来ていないこと多いですね。 気を付けたいものです。 [0回]