忍者ブログ

中国古典に学ぶ 兵法の現代活用

現代で様々な兵法を活用すれば活躍できそうですよね。 あまり書いている人いなさそうなのでさまざまな兵法書、 政治書から生き方を読み解き感想を添えています。 自分で書きながらアウトプットするためのブログです。 1記事1~3分で読める位にまとめてあります。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

騏驥も老いては駑馬(どば)にも劣る


騏驥とは、一日に千里走るとされる
駿馬の事。
駑馬とは、ごく平凡な駄馬の事。

どんなに優秀なものも年老いたら
平凡な若者にも勝てないときがある。
との意味。


主に謙遜や、後進に譲るときの
言葉でしょうね。
かっこいい去り際と
いえるのでしょうか。
終わりよければなんて言いますが
人生の締めでこういう言葉を
吐けるような生き方をしたいものです。

拍手[0回]

PR

騏驥(きき)の馳せて隙(げき)を過ぐるがごとし


昔の家の壁は板で作られており
通り過ぎる人々は隙間から微かに
見て取れた。
人生とは板の隙間を駿馬が通り過ぎる
のを家から眺める位一瞬のものだ。
という意味。

天下の大盗賊 盗跖(とうせき)が
孔子に言った言葉。

部下9千人を従え縦横無尽に暴れまわった
盗跖を孔子は説き伏せ改心させようと
単身会いに行った。

人として生まれた以上、
美味いものも食べたいだろうし、
良い音楽に酔いしれたいであろう。
宇宙は無限だが人の人生には
限りがある。
他にも悩みが生まれ煩わしいのが
生きるということだ。

そのような板の隙間から駿馬が通るのを
眺めるような人生で孔子が説く
徳治主義など片腹痛い。

と言い放ち、言葉なく孔子は
帰った。と言われている。


うん。一理あるかもですね。
ただ、刹那的な生き方であることは
間違いないので好きな事で
徳治的な事が出来たら充実した
人生になるでしょうね。

拍手[0回]